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2026年01月01日更新

フラメンコのトリビア◇お囃子・掛け声
【フラメンコの歴史】
🌹フラメンコの歴史を旅しよう!
フラメンコの始まりについては、いろんな説があります。でもここでは、「これが有力かな?」とされるお話をご紹介しますね。
まず、フラメンコと深い関わりがあるのが「ヒターノ」と呼ばれる人たち。スペインに昔からいるジプシーの方々のことで、現在は「ロマ族」と名乗っています。
「ヒターノ」も「ジプシー」も、もともとは「エジプトから来た人」という意味。でも、いろんな研究で彼らのルーツは、インドのラジャスタン地方(今のパキスタンとの国境あたり)だとわかってきました。
そんな彼らの旗には、インドの国旗にも使われている「アショーカ・チャクラ」が描かれていて、上は青、下は緑。青い空と緑の大地の中を旅する自分たちの人生を象徴しているんですって。
さて、そんなロマ族がインドを出発し、600〜700年かけてスペインのアンダルシア地方にたどり着いたのは、15〜16世紀ごろのこと。
この頃のスペインは、長い間イスラム教徒に支配されていた土地をキリスト教徒が取り戻す「レコンキスタ」がちょうど終わるタイミングでした。追い出されたイスラム教徒やユダヤ教徒がいたことで人口が減ってしまい、スペイン王フェリペ2世は「ヒターノ定住作戦」をスタート!
つまり、放浪していたヒターノを、セビージャのトゥリアナやグラナダのサクロモンテという町に住まわせたのです。
そしてこの2つの場所が、のちに「フラメンコのゆりかご」と呼ばれるようになります。スペイン王室の意図とは別に、フラメンコの種がここでまかれることになったんですね。
でも、当時はまだフラメンコそのものは存在していませんでした。そこからさらに約300年の月日が流れ、ようやく形ができ始めるのです。
そう、意外かもしれませんが、フラメンコってじつはまだ200年ほどの歴史しかない、比較的新しい伝統芸能なんです。
さて、ヒターノがスペインに住み始めたころ。アンダルシア地方にはまだイスラム教徒やユダヤ教徒が残っていました。国外追放といっても、すぐに出ていけるわけじゃない。そこで彼らの一部は、見た目がちょっと似ていたヒターノの中にまぎれて暮らすようになります。
ヒターノたちは、インドでも芸能をしていたと言われ、スペインでも音楽や踊りを披露していたようです。アンダルシアにあった音楽や踊り――そこにはイスラムやユダヤの文化も混ざっていた――それらを取り入れ、独自のスタイルで再構築し始めたのです。
これが、フラメンコの原型のはじまりです。つまり、フラメンコはヒターノが持ってきた文化というよりも、彼らがスペインの多様な文化を融合させて生み出した、新しい芸術だったんですね。
最初は、ヒターノの仲間内だけで歌われるものでした。悲しみや怒り、人生の苦しみを深く表現する歌が中心でしたが、やがて人前でも演じられるように。
そして19世紀には「カフェ・カンタンテ(歌のカフェ)」というステージが登場し、芸術としてのフラメンコがどんどん発展していきます。
現代フラメンコの世界的な進化には、2人の天才アーティストがいます。ギタリストのパコ・デ・ルシアと、歌手のカマロン・デ・ラ・イスラです。彼らがジャズや他ジャンルの音楽を融合させ、今の私たちが知るフラメンコへと大きく進化させました。
今ではフラメンコは、スペインだけでなく、日本・アメリカ・南米・韓国・ロシアなど、世界中にファンがいる芸能になっています。
スペインの伝統芸能の中でも、こんなに世界で愛されているのはフラメンコだけかもしれませんね✨



